私が読まねばならぬ

「形式だから」「誰も読みはしないから」…日々無数に交わされる会話。防衛省戦略企画課でもそれが日常であったのか。

イージス・アショアの配備調査で誤データ 防衛省、秋田県に陳謝(毎日新聞)

イージス・アショアの配備候補地を選定するにあたり、地理的条件を事もあろうにグーグルアースをもとに評価し、さらにその評価が根本的に誤っていたという。

軍事組織の意思決定プロセスのダメさ加減を問うことが、その存在自体への問いから目を逸らす戦略となりうる、ことは百も承知の上。そしておそらくは、「適地調査など形式に過ぎぬ」が実態なのであろう。

だが、今この瞬間、恐怖が頭を離れぬ。いかに「形式に過ぎぬ」であれ、軍事組織にとって地理情報は生命線。目をつぶっていても——そう、「形式に過ぎぬ」ものにせよ、デタラメに扱うことなど彼彼女らには〈出来るはずのない〉ものではなかったか。だが、その扱いは見るも無惨なものであった。つまり——。

世界最大級の破壊能力を持ちかつ、基本的な運営能力を欠いた軍事組織が私の隣にいる、今日この日。武力保持の是非以前に、安全装置のない爆弾の上で惰眠を貪る恐怖に私は耐えかねている。

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WWDC2019

Appleの世界開発者会議WWDC2019が始まった。もちろん一回も行ったことはないし、そもそも開発者でもないが、Steve Jobs健在のころからキーノートスピーチのライブ中継は毎年観ている。理由をつければ、上質な(時に現実歪曲空間とも呼ばれるが)プレゼンテーションを英語で聞く機会として、またコンシューマーITの一つの最先端に触れるためと言うことだが、実のところ結構楽しみにしている。

今年の目玉はiOSの次期メジャーバージョンアップ、iOS13。ソフトウェアエンジニアリング担当SVPのCraig Federighiの軽妙な語り口、さまざまな使い方が手際よく提案されていく。

噂ではiPadのマウスサポートが発表される、と言われていた。たしかに、iPhone/iPadのタッチインタフェースは直観的ではあるが、長時間の編集・入力(つまりパソコン的な使い方)ではハードウェアキーボードやマウスに比べて、却って手指の負担が大きくなりやすい。Surface ProやMacBook air の市場を取りに行く方策として、マウスサポートは有効だろう。

結果は、即日公開されたベータ版iOSには機能として含まれているが、キーノートは勿論のこと、発表されたドキュメントにも触れられていない。これは、何らかの理由で最終製品に含めるかまだ検討中、つまり「なくなるかも知れない」ということか。

個人的には、アクセシビリティ(支援)機能として残して(付け加えて)欲しいと願っている。恩師の文章作成サポートで、iPadの効果は期待以上だったのだが、「ここでマウス/トラックボールを使えれば」と歯噛みする場面も結構あったりした。これが解消できれば——。何はともあれ9月になれば明らかになること。それまで楽しみにしつつ。

それはワタシである(改めて)

あまりに悼ましく、あまりに理不尽な事件。どこで、誰が、何を…視界を一瞬に埋め尽くす情報たち。その奔流は勢いを増すばかり。


ハゲタカは記者たちか、視聴者たちか。誰もが発信者となり得る時代、意味を失う二分法。共鳴洞(エコー・チャンバー)に逃げ場などない。

知らねば。心配だから、は容易にすりかえ得る。その悲惨はワタシの現実ではない、と。奔流の中、ただひとことを支えるため情報を漁る。ワタシではない、と。

理解ではなく差異。もはや濁流と化した情報たち。


彼彼女はワタシではない、その衝動こそは抑圧と分断への路。ワタシであったなら、いや、彼彼女こそワタシである、を今こそ課さねばならぬ。

「詩季織々(肆式青春)」と「バースデー・ワンダーランド」

詩季織々

公式サイト

2018年、日中共同制作のアニメ映画。Netflixで観る。

北京、広州、上海の3都市に暮らす若者たちを描くドラマ。Netflixでは日本語版がデフォルトで用意されているものの、劇中一切日本については触れられず、基本的にターゲット市場は中国語圏である。

一方、Wikipediaの記事やタイトルバックを見ると、制作スタッフの大半は日本側である(実際の作画作業がどちらで行われたかは不詳)。

つまり、この映画は「共同」というものの、中国向けに日本の会社が依頼を請けて制作した(中国から日本に出した)ものであることに気づく。

ストーリーは「等身大の青春物語」。感動やサスペンスとは縁遠く、悪人もヒロインも(もちろん、政治も)登場しない。ファーストフードチェーンやファッションモデルの競争、受験戦争は時代背景として登場するが、主人公たちはすべてを所与のものとして「日々を生きていく」。

既視感——そう、これは「日本アニメ」のフレームに中国の物語を載せた作品なのだ。

バースデー・ワンダーランド

「詩季織々」を観た翌日、アニメ映画「バースデー・ワンダーランド」の制作ニュースを読む。

異例の抜てきで日本アニメに新風を(NHK)

…一方の原監督は、こうした外国人が活躍できる機会を増やしていけば、これまでになかったアニメの表現が生まれるのではないかと感じたと話す。

「…イリヤのような外国から才能と情熱を持って日本のアニメーションに参加したいという人が、もっともっと増えてほしいですね。そのほうが、日本人のスタッフも刺激を受けると思うし。日本のアニメ業界は、賃金は確かによくないけれど、差別はないと思っているんですよ。日本人だからとか外国人だからとか」

「日本のアニメーションに参加」とは?(作画は既に大量にオフショアへ委託されている)、「差別はない」とは?(「外国人が活躍できる機会」が異例であることは差別構造を強く示唆していよう)。ツッコミどころはさておき、すでに「日本人による、日本人のための「日本アニメ」」などというものがどこにもない、ことはどちらを見ても明らかである。

Stand guards, so many

大手町、午前10時。

歩道を物陰を、立ち尽くす濃紺の盾。

「T—大統領ってもう来ていたっけ?」「いや、まだ来てないと思うけど」


エスカレーション。怯えが求める力、チカラ。

より早く、より広く、より強大に。


盾に対峙する私。それはささやかな幻想であっても、なお。

タテカンに

商業施設のロビー。

皇帝即位をことほぐ立看板。

昨日そこにあった、被災者支援のメッセージは何処へ片付けられたのか。にこやかな係員は黙して語らず。

回想される未来から

連休の一日、友人とシド・ミード展へ。

70年代、クロムメッキに映る夕暮れに未来を見ていたころ。「スターログ」のセンターフォールドの常連、ハリウッド超大作のコンセプトアートを次々に手がける——。

今回の目玉は彼が関わった日本のアニメ「∀ガンダム」と「Yamato2050」のコンセプトアート。知名度は高いが、彼の仕事としての評価は微妙なところ。

他の作品と見比べてなるほど、と思う。この2作で日本のクライアントが求めていたのは「主役メカ」、つまりキャラクターのデザインであり、一方シド・ミードが得意とするのは「世界観」の構築なのだ。そのすれ違いたるや、さぞ不毛な現場であったろう…と。

(2020年。日本のアニメは世界を描かず半径50mの世界に内向することで、さらに特異な地位を保っている)